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清水カップ遠征

U−12コーチ 矢崎 康平

「予選リーグ1位抜け出来なかったら坊主だなっ」なんて笑いながら清水カップの旅は始まった。
まさかそれが現実になるとはこの時知るよしもなく。
 清水到着、夕方より近くの公園にてトレーニング。夕方にもかかわらず非常に蒸し暑い気候だった。
その夜ミーティング。特に生活面のルールを確認(携帯使用時間・消灯・スパイクの手入れ・試合後の牛乳・チーム荷物の管理等)その中で各自状況を見て正しい判断をしようと。(サッカーと一緒)・ ・ ・ その夜消灯時間を過ぎても子供達の声がひびく日本閣・ ・ ・。
○ 今回のテーマは、サッカー・生活共に状況を見て正しい判断(準備)・結果
2日目、会場到着とともに開会式。色々ゴタゴタがあったもののなんとか一試合目 庵原小SSS戦開始。
案の定動きが重い。CKからなんとか得点し前半1−0。後半は4得点、結果5−0だがもっと取れた試合だけにリーグ戦の結果に後々ひびきそうな予感。何試合かあき、二試合目 高尾SC戦、相手は一試合目負けている為ここも勝っておかなくてはならなかったが、やはり動きが重く2点先制される。また勝負所で守れない・点が取れないで1−2の敗戦。試合後、昨日の夜から負けが決まっていたんじゃないと矢崎今回初吠え。
 この日の夜から、3人ずつ個人面談を始めました。(内容はサッカーの話です)
 3日目、以前テストマッチしたレジスタ戦、相手は現在リーグ1位。結果2−1。結果は以前と変わらないものの内容はすごくよいものだった。しかし勝ち点6で3チームが並び得失点差で2位となってしまった。
んっ?坊主か?  次の黒滝戦、先制されるも5−1と完勝。
 4日目、この日は1試合。しかもラッセルとの柏対決。開始14分またもや先制され矢崎吠える(2回目?)
即同点においついたものの勝ち越せずPK戦へ。4人中2人がとめられ、これを決められれば負けの運命の5本目。この日後半から出たGKもりがスーパーセーブ!その後りょうが決めVゴールへ。なんと10人目で決着8−7で勝利。
 5日目、メキシコのチームと対戦。うちのペースで進むがいざという時の体の当て方、はり方がうまく相手ゴール前に入れず守りきられ0−0PK戦へ。このPKも5本目もりが止めVゴールへ。しかし4−5で敗戦。
借りを返せない相手だけに悔しい負けだったが、1試合おいてまた試合だったため気持ちを切り替えざるをえなかった。そして次のセントラル豊橋戦。前の試合のうっぷんを晴らすかのように開始10分で3得点。
その後試合は落ち着き4−0で終わった。
 そして清水最後の夜、明日でこの子達との遠征も終わりかと思うとちょっと寂しさがあり、足は子供達の部屋へ向かった。しかしドアを開けるとそこは子供達の寝息のみ聞こえる静かな部屋だった。疲れもあっただろうが1日目の反省がしっかりといきていた。子供達の成長を喜ぶと共に、自分の方が子供じゃないかと反省した夜だった。
 6日目、相手は地元千葉のまつひだい。正直今回戦った中では一番うまかった。しかしそのチームに先制されたものの2−1と勝ちきった。はたして坊主はどうしたらよいものか・・・。(結局、自主制でした)
 今回の遠征を終え、6勝2敗(PK負け1)、総得点20(1試合平均2.5)、失点6(1試合平均0.75)
ある程度勝ちにこだわった大会で、順位という結果はでなかったが、数字的結果はまずまず良かったと思う。
負けたという試合はなく、内容・技術的には勝っていた。うまいチームから強いチームにはもうちょっと。
また、準備の大切さをすごく感じてくれたと思う。勝てる試合を勝たないとCTCのようなトーナメント大会では結果が残せない。そこがこれからの課題だろう。
また生活面では成長がすごく見られた。一人の人間としてもチームとしてもよい遠征になったと思う。
最後に今遠征にご協力いただき保護者の皆様本当にありがとうございました。また、遠い所まで応援に来てくれた保護者の方々応援ありがとうございました。

U−11飛騨市長杯(飛騨遠征) 感想

U−11担当 辻 和真

今大会の課題(テーマ)
パスコースをたくさん作る(運動量を増やす)
○ボールの奪い方(複数で奪う)

コーチング(味方選手への指示)
○観ている人を楽しませるサッカー

29日大会1日目グループリーグ

初戦の相手はエスコリーニャ奈良、試合30分間をほぼ支配して危なげなく5−0大勝。

2試合目の相手は神戸市TC体格も大きく技術もしっかりしている相手だったボール支配率はほぼ互角、両チームともにチャンスを決められず0−0のドロー。

その後の神戸市TCと奈良の試合は11−0で神戸が勝ちボカ柏は2位でグループリーグを突破した。

30日大会2日目上位2次トーナメント

1試合目の対戦相手はトリプレッタ渋谷、コーチが試合の時間を間違えアップの時間がそんなに無かった中、開始5分にまさやがロングシュートで先制そのゴールで吹っ切れたかのようにどんどん点が入っていった、結果5−2で勝利、失点の部分では少し課題が残った。

2試合目の対戦相手は初倉SC、ゲーム中に2人でボールを奪うという事をずっと意識させてゲームをしたなかで何度かそういう場面が見れたので、少しづつ課題を克服出来ていることを感じました、試合結果も相手にシュートを一本も打たせず5−0で完封勝利。

2次上位トーナメント決勝、対戦相手は静岡県の県大会を優勝しているピュアスポーツクラブ、張り詰めた緊張の中キックオフの笛が鳴った、両チームともに中盤ゾーンで潰しあい、ゴール前までいけない、その中でボカはコーナーキックのチャンスで1点を奪う、1点を取ってからはずっとボカのペースで試合を運び4−1で勝利、失点はセットプレーのこぼれ球を押し込まれてしまった、この試合の中でまさひとがコーナーキックを直接入れるという必殺技を見せた。この結果最終日決勝リーグへ進んだ。

31日大会3日目決勝リーグ

1試合目対戦相手は全国大会常連の愛知FC、前半開始3分にこぼれ球を決められ失点してしまう、しかしゲーム内容はほぼボカ柏のペース前半12分にコーナーキックからニアサイドでまさひろがキーパーと競り合いこぼれ球をまさやが押し込んで1−1の同点、ハーフタイム戻ってきた子供達の顔に不安は無かった、それを見て負ける気がしなかった。

後半も終止ボカ柏のペース、5分頃にペナルティーエリア5mうしろ位でファウルを受けフリーキックをかいとが直接神様コースへ蹴りこみ2−1逆転その後もボールを支配し2−1で勝利。

2試合目、優勝のかかった試合、この試合の前に愛知と富士が0−0のドローの為引き分け以上で優勝、それでも子供達は必ず勝って優勝すると気合が入っていた。

相手は静岡の富士TC個々の能力が高くとても強いチームだった、キックオフの笛が鳴った、ボカ柏はパスを回してゴール前に行こうとするがなかなかゴール前にいけない、逆に富士TCはサイドを起点に攻めようとするが、ボカ柏のサイドバック、まさひろとよしきにシャットアウト、そんな攻防は続く中ボカ柏は相手陣内にするっとこぼれたボールをボカ柏のアドリアーノ(雄大)が相手選手2・3人をスピードとパワーでかきわけてキーパーと1対1を冷静に流し込み1−0、後半に入っても相手と潰しあいが続く、富士のチャンスをボカ柏の守護神(しょうご)がおさえ1−0で勝利、ボカ柏はチャンピオンになった。

コーチより

全試合を見て課題にあげたことが多々見られたのでこの大会を通じて少しでも成長できたと思います。

私生活の中でも積極的な姿勢が見れたので人としても成長が出来ているんじゃないかなと感じました。

U−11担当 辻 和真


韓国遠征

小鹿将宏コーチ

サッカーマガジン杯優勝・・・そして選手の涙。あの日から1ヶ月。さらにトレーニングをして韓国遠征に出発した。移動中、飛行機やバスの中でいつもとなにか違う。いつもはうるさくて声がよくかれる子とか長生から帰りのバスをひたすらしゃべり続けた子もテレビカメラを意識していつもと全く違う緊張でおとなしい子供達になっていた。そんな光景を今まであまりみたことがなかったので新鮮に感じた。

韓国のピッチサイズは日本より若干狭くゴールは50cmほど幅が大きく、試合時間が25分ハーフで行われている。この韓国遠征中、ここでの成績は6戦中5勝1分で結果としてはいい成績かも知れないが内容としては決して全部の試合がよかったわけではない。良い時は判断力がはやく積極的にチャレンジをすることができトレーニングしてきたことを十分にだせた。が、悪い部分ではどんな相手にも気持ちを強くもてないところ。あとは普段20分ハーフで行っているからか全部の試合で共通しているのが残り5分でプレーの精度が落ちるところ。選手にはこの遠征ででてきた自分達が感じた問題点や修正点はしっかり活かして、さらに強く上手くなってもらいたい。

あとこの遠征で北澤氏(元日本代表)と試合をして蹴り方を教わり、一緒にご飯を食べ、話をすることができ交流をもてた事は選手達にとって貴重な体験になったのではないだろうか。

最後に・・・選手達にとっても指導者にとってもこの遠征はとてもいい経験になったと思う。これからは小学生最後の県大会に向けて頑張って行きたい。


サッカーマガジン韓国遠征

U-12監督 大塚 信行

7月中旬に行われたサッカーマガジン大会で初優勝し、韓国へ遠征することになった。

U12としては、初めての韓国遠征、色々な部分で期待と不安が入り混じりながら羽田空港を出発した。

 遠征初日は、慣れない飛行機の移動と初めての海外遠征の緊張で、だいぶ疲れた様子だった。しかし、ホテルに着くと何人かのグループはホテルの中を探索していました。
 遠征2日目、午前中は午後の試合に向けてトレーニングを行った。とても、暑い中集中してトレーニングできた。開会式の後、開幕試合を行った。とても大きなスタジアムで試合が出来たことは、とても良い経験をしたと思う。しかも、30で勝利できたことも、良かった。しかし、内容は、良い内容とはいえなかった。試合終了後、日本から応援に掛け付けてくれた父兄の皆さんと会って、ホテルにもどり遠征2日目が終わった。

 遠征3日目は、試合が無いため午前中は、ホテルのプールでリフレッシュ。午後は、明日に向けてのトレーニングを行った。トレーニングの途中に団長の北澤氏が突然現れ選手達は、びっくりしていた。北澤氏を混ぜての紅白戦では、みんなのびのびプレーをして楽しんでいた。

しかし、1番楽しそうだったのは応援に来ていた父兄の皆さんかもしれない。

 遠征4日目は、午前中から公式戦。北澤氏の見守る中、キックオフされた。結果は、6対1と圧勝。内容も前の試合と比べると、とても良くなっていた。ここで、日本代表戦のニュース解説があるため北澤氏とはお別れしました。選手達は、北澤氏と触れ合える機会をもて、とても勉強になったと思います。午後からは、中国のチームとテストマッチを行った。大柄な選手が多く、中には日本の中2くらいの年の選手が3〜4人混じっていた。しかし、20で勝利し自分達のサッカーもできた。ホテルに帰ったのは、夜の8時近くだった。

 遠征5日目は、午前から公式戦。ソウルのチームとの試合だった。大柄な選手や、スピードのある選手特徴のある選手が多くみられ、なんと初めて相手に先制点を許してしまう。しかし、前半の内に同点に追いつくと、後半に逆転することができた。なんとか、公式戦を無敗で終えることができた。午後は、同じソウルのチームとテストマッチを行った。結果は、20で勝利。試合の後、交流のため混合でチームを作り試合を行った。

選手達はすごいもので、言葉の壁もなんのその、手振りそぶりでコミュニケーションをとりとても仲良くなっていた。とても有意義な、1日だった。

 遠征最終日、天気は台風の影響で荒れ模様。予定変更で、テストマッチが入った。

東ティモールのナショナルチームとの対戦だ。しかし、悪天候の為201本勝負となった。結果は、スコワレスドロー・00だった。午後にはホテルを出て空港に向かった。飛行機が飛ぶかどうかと心配したが、無事に出発し、午後2230分ごろに帰国することが出来た。

 この遠征で、韓国の文化や習慣にふれ、サッカーを通して色々な経験ができた。

また、無事けが人も無く無敗で帰国することができたのは、現地のスタッフの皆さんや、

BBM・テレビカメラマンの皆さん、それから、陰ながら応援していただいた父兄の皆様のおかげだと思っています。サッカーマガジンカップでの課題克服までは行けなかったが、この韓国遠征の経験を生かし、これからの選手の成長に期待したい。


はじめてのツーリング

室田悠貴の父

  サッカーマガジンを愛読している私は何年も前からサッカーマガジン杯が行われているのを知っていた。その大会に息子が参加するので必ず応援に行こうと思い妻に相談したが家族の都合で私一人で応援に行くことになった(バイクで)。私のバイクはもともと通勤用に購入したスクーターで、当然根っからのバイク乗りでもない私は高速にも乗ったことが無く遠出(100k以上)などしたことも無い。ものすごく不安なので職場のバイク乗りの先輩達に「長野にツーリングに行きませんか?泊まる場所は管平高原で」と誘ったら二つ返事で快諾してくれた。先輩達にも「室田がツーリングなんてどうしたの?珍しい」と言うので事情を説明したら納得してくれた。こうして私の初めてのツーリングが実現することとなった。
サッカーマガジン杯開会式の朝5時、天気予報は雨だったが予報が外れて快晴だった。幸先いいなと思いながら柏を出発した。午前中に抽選が行われて午後から予選リーグが始まるので1試合目には間に合うだろうと安易な予想をしていたが須賀平に行くまでの道のりを先輩に任したのが失敗だった。根っからのバイク乗りの先輩達はただ長野まで行くのはつまんないからと中央道を通るルート(しかもビーナスライン経由)で計画していた。予選リーグの試合に間に合うか不安だったが頼んだ手前もあるので従うことにした。
3連休の初日ということもあって予想通り大渋滞である。ビーナスラインを通過したときには午後の2時を過ぎていた。
余談ですがビーナスラインは信州を代表する高原のワインディング(峠道)でライダー御用達の道路で片道1990円だったのが最近全線無料になったらしい。熱く語ってた先輩談。
しかし私はライダーではない。
ゆっくりツーリングを楽しみたい先輩達とどうにか予選リーグ2試合目に間に合いたい私とのやり取りが続きどうにか管平高原に着いた時は夕方の4時になっていた。コーチにメールして2試合目の開始時間を聞くと「5時」と言うので安心したがグランドがわからない。農作業している地元の人がいたので、サッカー会場どこですか?と尋ねたら、「わかンねぇ」とそっけなく言われた、冷たいな。と思いながら管平高原のグランドをボカカラー(青黄色)を探して走り回るがグランドが「あるはあるはいっぱいある」後で聞いたら97面もあるらしい。地元のおじさんのそっけなさも理解できた。本部を見つけやっとグランドの地図(かなりわかりにくい)を手に入れることが出来た。そして無事に先輩と予選リーグの2試合目を観戦した。サッカーにあまり興味の無い先輩は試合を見ながら「室田の息子のチーム結構強いね?」とやっぱり興味無さそうに言った。
無事に初日の予選リーグを2勝で終え宿に向かった。車1台がやっと通れそうなものすごいくねくね道で「冬期は通れません」と書いてある。こんなとこに本当に宿があるのかよ。と思ったらあった!看板に「老人の憩いの場 ○保荘」と書いてあった。

 大会2日目、朝から雨が降っている。覚悟はしてきたがバイクで来ている私はかなり憂鬱だった。
午前中は予選リーグの3試合目が行われるが、昨日の試合で予選突破が確定していたので午後から行われる決勝トーナメントの試合を観戦することにした。先輩たちは長野市内に観光に行くと言うのでここで先輩たちとは別れることにした。
午後になり雨も上がったがいつ降り出してもおかしくない天気だった。決勝トーナメント1回戦は難なくクリアしたが2回戦の相手は同じ柏地区の柏ラッセルとの戦いになった。
私の記憶では去年のマガジン杯でもU−13が同じ千葉のチームに惜敗していたの憶えていたのでなんとなくいやな予感(あまり当らない)がしていた。コーチも同じ柏のチームに負けたら社長に怒られるんだろうなぁと私は勝手に想像していた。前半はリードして折り返したが後半からは柏ラッセルも鬼気迫る思いでふんばり一進一退の攻防が続いていた、そのとき柏ラッセルのゴール裏から白い煙がもくもくとこちらに向かって立ち込めてきた、ものすごい勢いで前が見えなくなった白い煙の正体は「霧」だった。ボカが相手ゴール前まで攻めているが霧のせいでなにがなんだか全然わからない。その時審判のゴールの笛が聞こえた、ボカが追加点を奪ったらしい。どんな試合も追加点が入ると安心する。霧に包まれながらもどうにか柏対決を制して2日目も全勝で終了した。
こうして私は2日目もものすごい道を通って「老人の憩いの宿」へ向かった。
大会最終日の朝、外はものすごい豪雨だった。普通のテストマッチや招待試合なら完全に中止になるほどの雨である。しかし今日は間違いなく試合は消化するだろうと思って会場に向かった、3回戦の相手は新座片山サイタマFCである、朝から降り注いでいる雨のせいで人工芝のグランドがプール状態になっていたが、個人技の差で相手に主導権を渡す事も無く勝利した。準決勝の相手は神奈川県の強豪ジュニオールだ。ここまできたら優勝も見えてきた。しかしいつも惜しいとこで苦汁をなめてきたから油断は禁物である。
ジュニオールとの準決勝が始まった。さすが準決勝の相手だスキルフルで、気持ちも強いいいチームだ、攻めたり攻められたりの攻防が続いたがボカの初めてのシュートが相手ゴールのサイドネットに突き刺さった。ナイスゴール!だった。ジュニオールも同点にしようとガンガン攻撃してくる。どっちのチームのコーチも必死に指示をだして準決勝らしい好ゲームになってきたその時、私の前を長髪の色黒の人とスタッフが通り過ぎた。北澤だ!元日本代表でカズとフランスワールドカップ直前で代表を落選した北澤が私の横でスタッフとなにやら会話をしている。聞き耳を立てて聞いていると「青黄色のチーム(たぶんボカ)はバックラインが安定してるね。中盤の選手も球さばきが上手だ。」などをスタッフにコメントをしていた。私もウンウンとうなずきながらなかなかいいとこ見てるな、さすが元日本代表と感心していたらゲームが終了した。終わってみたら5−0の完勝だった。よし!残りは決勝の1試合だ!気合入れて応援しなきゃいけない、とおもいつつメガホンに北澤氏にサインをもらった。

いよいよサッカーマガジン杯の決勝戦が始まる。相手は新座片山FCだ。今まで何回かテストマッチをしてきたがとにかく気持ちの強いサッカーをしてくるチームで決勝では怖い相手だ。しかし私の頭の中は帰りのバイクのことで頭がいっぱいだった。ここまできたら絶対優勝しないと帰りのバイクのモチベーションがあがらないことしか考えられなくなっていた。だから絶対優勝して俺が気持ちよく帰れるように頑張ってくれ!その願いが通じて前半にコーナーキックから先制点を取った。その後、新座片山FCの反撃にあうがバックラインの踏ん張りとキーパーのファインセーブもありついに歓喜のときを迎えた。
無失点での優勝!
いつ以来だろう優勝!
本当に久しぶりの優勝!
ボカのクラブハウスで社長と一緒に歌が歌える優勝!
とにかくうれしかった。閉会式が行われ選手や父兄が満面の笑みで疲れも見せないで喜んでいるのを見てやっぱり優勝はいいなと実感した。後は私が無事に家にたどり着き初めてのツーリングの終わりである。閉会式が終わり管平高原から帰路についたのは午後6時前だった。サービスエリアで1回休憩したが後は1回も休憩を取ることなく柏まで頑張った。
菅平高原から降り続いた雨でカッパは着ていたが、もともと通勤用のカッパなので水が入ってきて、全身びしょ濡れになってとにかく寒いので早く帰りたかった。暖かいお風呂に入りたい一心で9時過ぎには家に着いていた。
家に着いて妻に優勝したよ!あいつら韓国招待だって!俺も行っていい?と聞くと
「バイクならいいよ。」

バイクはもう勘弁!

最後に父兄の皆さん現地からの帰りのことを我が子の様に心配してくれて本当にありがとうございました。せっかく優勝したのに私が帰りに事故ったらドン引きですもンね。2度とあんな遠くへバイクで応援には行きません。
韓国遠征も無失点で!ボカ・ジャパン・柏!


マガジンカップを終えて

U-12監督 大塚 信行

悔しい思いをした全日本少年サッカー千葉県予選から約1ヶ月、前回の課題をどれだけクリアしているか、とても楽しみで大切な大会だった。

 7月14日金曜日、大会前夜に現地に入った。出発の夕方、柏の町は激しい雷雨に見舞われ町中大パニックだった。また、奈須コーチの子供もちょうどこの時に誕生し、なにかが起こる大会になると思った。出発は、予定より30分ほど遅れたが高速に乗ると順調で、23時30分には宿泊先のホテルにチェックインできた。選手達は、ホテルの使い勝手を確認すると、明日に備えて眠りについた。

 7月15日土曜日、朝方降っていた雨も上がり全チーム参加の開会式に参加し、午後から予選グループ1回戦に望んだ。どんな大会でも、初戦は緊張するもので、選手達の動きも心なしか重たく感じた。なんとか1・2回戦を大差で勝利したが、決定的な場面でのミスや、攻撃から守備への切り替えなど前回の大会からの課題を引きずったままだった。特にコーナーキックからのチャンスを生かしきれていなかったので、試合の後に練習確認を行った。

 7月16日日曜日、昨日の2連勝で予選最終戦を待たずに1位突破がきまっていた。

消化試合のせいか、選手達の運動量が少なく思うような展開ができなかった。午後の決勝トーナメント1回戦も、闘う気持ちがあるのか無いのかわからない試合内容だった。

しかし、3点差以上で勝ち上がることができた。しかし、このままだと大切な時にボロが出ると思い真剣に選手達と話し合った。

チームに変化が見られたのは午後の2試合目、決勝トーナメント2回戦からだった。

ディフェンスラインからの思い切った飛び出しや、中盤の選手の運動量が増え始めボールがスムーズに動き始めた。

 7月17日月曜日、大会最終日はあいにくの雨。悪天候の中、選手達は予選リーグとは比べ物にならないくらい良く走り、良くがんばっていた。特に準決勝では、決定的なチャンスを決めて勢いに乗ることができた。決勝戦も、大会初日に練習確認をしたコーナーキックから先制し、相手の激しい追撃も跳ね返し初優勝を果たすことができた。

試合を終えた選手達は、うれし泣きをしていた。悔しい思いをした後の、目標達成はとても嬉しかったのだろう。選手達の涙は、とても印象的で感動した。

 今大会は、選手達の精神的な成長が感じられた大会だった。私自身は、選手達は何かのきっかけで、大きく成長することができると再確認できた。すばらしい経験をさせてくれた選手達に感謝したい。感動をありがとう!!'


「マガジンカップ優勝、おめでとう!」
池田 栄一(賢の父)
 マガジンカップ優勝おめでとう。
 残念ながら私は、都合により試合を観戦することができなかったので、現地から送って頂いた掲示板、メールを見て、予選リーグから大勝するボカチームの活躍に喜び、1位トーナメントを勝ち進む結果に興奮していました。
 雨や濃霧等グランドコンディションが最悪の中で、選手たちは個々の能力を精一杯発揮して、着実に優勝への階段を登り詰め、優勝の栄冠を勝ち取りました。その時の熱い思い、感激は忘れられないでしょう。
 先の全日本大会の県予選の敗北から、私は賢の様子が「少し変わったな」と感じる節がありました。
 それは、家に帰ってきてから頻繁にリフティングの練習をするようになりました。動機は、リフティングの試験でしょうが、その他でも「お父さんサッカーしよう」などと言い出したりして、近くの公園で練習した事がありました。満足な相手はできませんが、そんな息子の意識の変化に内心嬉しく思ったりしました。もっともクラブ内では、リフティング、ボールさばきなど、他の子供たちに比べて劣ることは自他共に認めていたので、大塚コーチ、小鹿コーチの熱意あふれる指導の結果、自らのやる気が出てきたんだと思います。
 今回の大会では、元全日本代表の北澤さんが試合を観戦し、選手たちに激励の言葉をかけてくれたと聞きました。憧れの人に会って話を聞くことができたことや、韓国招待の切符を頂いたことは、子供たちのサッカーに対するモチベーションの向上につながる事は間違いないでしょう。
 今度の韓国招待の経験が、さらなる子供たちの成長の糧となることを期待します。
 終わりに、野寄代表をはじめ、大塚コーチ、小鹿コーチ、またご指導下さいました関係者の皆様に厚くお礼申し上げます。また、遠方にもかかわらず、子供たちを応援、支援して下さいました保護者の皆様に深く感謝申し上げます。これからもよろしくお願いいたします。

これからの成長が楽しみです
平久 将土の父親
久々のビッグタイトルと韓国の全国大会出場おめでとう!そして沢山の賞品を頂いたのも嬉しいですね。父親として今感じるのは、もうひとつのチャンスも頂いたような気がするのです。それは「選手個々の課題を韓国遠征までに真剣に克服する努力をしてみては?」と言うチャンスです。一番指摘されたくない弱点?例えばマサトの場合、積極的に声を出してボールをもらう事が出来ればチーム全体がもっと良いサッカーになると思います。コーチにも度々指摘されていますが毎回歯がゆく思っていました。自分は声を出しているつもりでも周りから比べれば半分以下です。隣のピッチにも聞こえるように大声でしゃべって下さい、マサト本人がやりたいサッカーが今すぐにでも出来てしまうくらい重要な課題だと思います。走るのが苦手な子、トラップが不正確な子、判断が遅くて敵に囲まれやすい子など課題をあげたら切がないと思いますが、夏休みの宿題のように後回しないで、たったひとつだけ一人一人が自分最大の弱点を集中的に宿題にしてみてはどうでしょう?真剣勝負まであと3週間、自分最大の弱点を自己分析してそれに近づければ韓国制覇も夢ではないと思います。

相変わらず口うるさい父親の作文になってしまいましたが喜びの作文は韓国遠征が成功してから書きたいと思います。コーチの皆さんには色々とご苦労をおかけしますが是非日本代表としての責任とプライドを子供たちに叩き込んでから韓国遠征に出発して頂きたいと思います。

「全試合が日韓戦!課題を克服して全員で戦ってこい!」

「自分の課題は何歳になったら克服するの?

いつ、どこで、どうやって練習するの?

やるんなら今じゃない!3週間集中自主トレ!」

「ビビッてる仲間がいたらひっぱたけ!」

「ボールを拾ってもらったら

韓国語で“ありがとうございます”と必ず言え」

「ゲーム中に“死ね”“うざい”などと

カッコ悪い言葉を言う選手はいないよね?」

「韓国人選手の友達を作りたかったら

ボカの強さをみせつけるのが一番」

「出かける前に夏休みの宿題をやって行け!」


千葉県大会優勝 感想文(山内 裕二朗君のお母さん)
県大会優勝おめでとう。去年悔しい思いをしただけに、その分喜びも大きいのでは、と思います。
しかし、4年の県大会は君たちにとって通過点のひとつにすぎません。
ここで満足したり天狗になってしまえば、これ以上強くなることも上手になることもできなくなってしまいます。
もしかすると、今回勝てたチームにさえ追い越されるかも知れません。
その点では、練習試合で、自分たちより強くうまいチームがある事を知る事ができて良かったと思います。
君たちはまだ未完成品です。これからもっと強くうまくなり楽しくサッカーができるかどうかは君たち自身にかかっています。
今まで以上にコーチの話をよく聞いて、どうしたらもっと強くうまくなれるか自分たちで考えながら練習し、プレーするようにしましょう。
そうすればいつかきっと、Jリーグにもまけないすばらしいゲームを見せてくれるようになれると思います。
それからもうひとつ。優れたサッカー選手は同時に優れた人間でもあります。ジダンを見ればわかりますよね?
自分の事を自分でできるようになるのはもちろん、お手伝いも進んでしましょう。
学校の宿題、めんどくさいから明日やろうなんて絶対考えちゃダメですからね!

「3年生県大会〜4年生県大会〜優勝〜これから」  安芸 昇(銀治の父)
  
歓声、喝采、拍手、飛上り、万歳、涙
優勝の瞬間の喜びは、人生のうち、そう何回も味わえるものではないと思う。
半分はまだ夢の気分です。
優勝というものは目指したものしか、優勝できませんが、目指してもそう優勝できるものではないと思います。
 
今、この喜びで全ての苦労が苦労でなくなったと思う。
リフティング、ボールマスタリー、1対1、ミニゲーム、テストマッチ送迎、食事バランス、電車、くつ、シャツ、スネアテ、洗濯、ビデオ、
などなど。挙げても挙げてもきりがありません。
忘れてはならないのはマリノス戦です。「大会中になんでまた!!」
と思いましたが、子供達が刺激をうけ、あのスピードに同化し変身してゆく姿がみごとに見られた試合だったと思います。
あのタイミングでこの経験は大きい!!とつくづく感じます。
あそこで、敗北を味わったお陰で子供達の油断は消えたと思います。
 
3年生の県大会では、やはり少しだけ油断があったと思います。
私はバスケットの経験しかありませんが、サッカーと大きく違うのは、「勝負は時の運で、強いと勝つとは違う」という事です。
それが、サッカーの面白さでもあると思います。その事があの、3年生大会で身に染みてわかりました。ここだけの話、あの時は、優勝すると信じていました。
そんな油断からの敗北だったと思います。
 
今大会でも、一試合あったと思う。柏マイティーとの試合です。あの試合もっと大量点で、勝つと思っていました。選手も親も、みんなみんなそう思っていました。
しかしあの試合、負けても不思議でない試合展開だったと思います。ボール支配率は断然マイティーのように見えました。
イーグルスは、確実に強くなっていますが、マイティーは、イーグルス以上に強くなっていました。
これからも、こういった事はおこると思いますので気を引き締める必要を感じました。
 
勝負は時の運ですが、今大会で「応援の部」がもしあるとすれば、優勝はやはりイーグルスだと思います。
全ての親子一丸となって、「あと一歩がんばれ」「そこで負けるなっ」て気持ちが強く持てたと思います。
さらに団長の顔??をはじめ、相手チームは、やりにくかったのでは、、??とも思います。
 
応援の重要性を主張して頂いた、平久さん、高見さんまた実際に団長として旗を振っていただいた室田さんには、厚く感謝しております。
 それと銀治は、おまけに優秀選手ということで金メダルを頂戴致しましたが、これは、皆様方があってのことという事は言うまでもありません。チームがもらったものとして宝物にします。
銀治には「おまえは銀治、2番を治める!たとえ1等賞をとっても、2等賞だと思って努力しろ!」といつも言っています。
しばらくは優勝に浸ってもいいと思いますが。
 
やはり2番と思って、打倒マリノスに向けてさらに努力してゆき、私達親も元気をたくさんもらいましょう。
 
 おわりに、野寄代表をはじめ小鹿コ−チ、西田コーチ(新松戸支部)、ご指導にあたって下さったコーチ、関係者の方々に深く感謝しております。ほんとうにありがとうございました。今後共よろしくお願い致します。

会員からのメール
コーチに対する苦情が多いようですが、何か思い違いをされていませんか?当然コーチの方にもボォランティアと違って職業としてやっている以上、指導者のプロとしてより一層の勉強・努力が要求されるのは当然です。しかし、コーチは全員の親ではありませんから親が感じている自分の子供のよさを同じようにコーチが感じとる事は不可能です。もし誰が見ても不当な扱いをされているなら問題ですが、レギュラーか控え、トップかサブやアカデミーと言う事なら、同じポジションの評価の高い子供と比べて勝っている部分や劣っている部分が(サッカーに詳しくない親でも冷静に見ていれば)解るはずです。たとえ親が解らなくても少なくとも選手本人は解っているはずです(スポーツをやっていた親ならご自分も当然経験済ですよね!)。不安であれば担当コーチに直接特にどこを伸ばせばよいのか親子で聞いて努力するべきと思います。受身より自発的に考え努力・行動すべきではないでしょうか?
小中学生の内に試練を乗り越えることは後々大変役立つことと思います。すべてコーチ任せで良いなら全選手が日本代表になりますよ!
学校でも先生任せで全員が満点取れますか?
 あと感じることは年々選手の基礎体力・身体能力が下がっているのでは?イーグルスだけの現象ではなくJリーグの下部組織や他の強豪チームも。その原因は親が子供を過保護にしてきた幼少からの皺寄せなのでは?逆に考えれば、(あくまでも)選手本人の意欲と努力と親の過保護にならない範囲のサポートとイーグルスコーチの熱意と指導力があれば少なくとも将来素晴らしい選手に育つのでないでしょうか?
 どうしても納得が行かない場合は自分の子供の事を一番理解してくれるコーチのいるチームを探して移籍するのがベターだと思います。
悶々として意欲が湧かない選手と親は直接担当コーチに聞くべきだと思いますよ。それとサッカーの指導以外の事は当然親が教育指導しましょう!Jリーグの下部組織でも同じいや逆にとっかえひっかえでクールなのでは?
 以上は私自身への戒めでもあります。

前回のパパさんサッカーで最後となりました、深江でございます。
短い間でしたがおかげ様で親子ともども、貴チームにお世話になり、ここ千葉では楽しく過ごすことが出来ました。
 
親子でサッカーをすることは、私の長年の夢でした。
関西でも私の地元はなかなかサッカー文化が浸透していない地域でしたので、ここ千葉を含む東京近郊は
非常に恵まれた環境にあると痛切に感じました。これもイーグルスをはじめとする地域密着型のクラブチームの諸氏の
長年の努力の賜物なのでしょう。地域少年サッカーにとどまらない貴チームの総合的な展開を見ていると、早くヨーロッパの
名門クラブチームにも引けを取らないほどになって欲しい物だと思います。
 
我が子のサッカーは実はあまり面倒見たことがなく、二三が丘幼稚園で一度だけ西田コーチの指導を見ることがあったのですが
一見自由にやらせているような中にも、キッチリ規律正しく並ばせていたり年齢に応じた指導をなされているので非常に安心した
記憶があります。無理に基礎練習をさせるわけでもなく、楽しくサッカーを学べる指導には私の少年時代とはまったく異なるものであり
少年野球の厳しい指導が多い事と比べると、ここにイーグルスの強さの秘訣が垣間見れたような気がしました。
 
ことオヤジである私に関して言えば、とにかく土日はサッカー三昧でここ千葉では有意義なサッカーの2ndライフを満喫できました。
「そろそろここ(千葉)にもなじんできたかな?」と思えるようになったのは、やはりパパさんサッカーに参加するようになってここ最近のことです。
最初にお会いしたパパさんメンバーも暑い夏を超えてもほとんどメンバーの変わることがなく、むしろ増えていくことには内心ひそかに
「面白くなってきたぞ!いつか自分のチームと試合を組もう!」とニヤリ。まさか代表にOKをもらい実現するとは思っても見ませんでした。
前回、チームメイト(37歳)を参加させたのですが第2回以来の参加だったので「すごい体力もレベルもあがってるねえ!」と舌を巻いておりました。
その横では、初参加の人がこうも言っておりました「経験者ばかりでとてもついていけない、体力的にきついなあ。」
その方には「この中には生まれて初めてボールを蹴る人もいたんですよ、続けることが大切です。はじめから走れて、蹴ることが出来る人なんて
いませんよ。」とアドバイスはしました。親の頑張りは必ず子供にも伝わるはず、ましてや子供と同じサッカーを通じて感じ取ってくれることが出来れば最高ではないでしょうか?少なくともイーグルスには親子サッカー、パパさんサッカーなどの親子共有行事もあるので、その環境は十分でしょう。
 
なんだか取り留めのない話ばっかりになってしまいましたが、本当にありがとうございました。
野寄代表、西田コーチはじめコーチ陣の方々お世話になりました。
イーグルスユナイテッドのますますのご発展を願っております。
 
深江浩明、仁
  父親サッカー教室に参加して
               西倉 和弘

   『父親サッカー教室』すばらしい企画ですね!
   第5回から参加させていただきとても楽しいので、ちょっと参加させていただいた事を書かせていただきます。
   HPの岩並さんの『父親サッカー教室に参加して』を読ませていただき、私と同じような方がいてうれしくなりました。
   子供がサッカーを始めるようになって5月のある日、1枚の手紙が机に置いてあった。
   それも、『父親サッカー教室のお知らせ』
   『えっ、お父さんにもサッカーを教えてくれるのか。ぜひ参加してみよう。』そう思い『第1回 父親サッカー教室』をドキドキして迎えた。
   当日は雨が降っていた。こんな天気の中やるのかなぁーとちょっと心配になり、電話をしてみると『皆さん来てますよ。』とのこと。早速家を出発。
   この時点では、サッカー未経験者ばかりだろうと思っていた。そんな私は大学まで野球一色。サッカーを見るのは好きでも中学の体育の授業でやっただけ。ボールの蹴り方でも教われれば、という気持ちでいた。
   車を走らせ、到着。イーグルスグラウンドの丘の上からプレーをしているお父さんたちをちょっと覗いてみた。
   『なんてこった。私の想像していたのとぜんぜん違うぞ〜!!』かっこいいユニホーム、使い込んだスパイク・・・   シュートもかっこいいなぁ。
   それを見た私は思わずビビッて帰ってしまった。情けない、、。
  そんなことで月日が流れたが、2学期のイーグルス杯のとき、野寄代表の『未経験者も参加してください。』の一言で勇気を出して参加してみようと思った。
   10月20日  『第5回 父親サッカー教室』が開かれた。行くまでは結構勇気がいった。
   自己紹介でサッカー経験が無いことを話すと気持ちがスーッと落ち着いた。
   みんなについていけるのか不安だった。普段ジョギングをしているため、息は切れずについていけた。しかしボールが全然見えない。(ボールはどこですか〜?)  
  皆のドリブルは足とボールが一体となって、パスまわしも早い。
   しかし、皆さんスポーツマン!私にもボールをまわしてくれた!いい気になってドリブル!俺はなんてさわやかに風をきって走っているんだ!(錯覚?)
   気持ちはキャプテン翼。そんないい気になってやっているうちにあっという間に2時間がたってしまった。サッカーってこんなに楽しいんだ。野球しか知らなかった私も新たなスポーツの楽しさを知った。みんないい顔してサッカーやってるなぁ。
   高校時代のサッカー部はみんな女の子に人気があった。(確かに顔もかっこよかった。コーチの皆さんもお世辞抜きでかっこいいです。)坊主頭にニキビ面の野球部とはチョッとおしゃれの度合いが違う。
   でも人気があった理由も1日を終えてわかったような気がした。
   私も、懐かしい顔ぶれを思い出し家路についた。
   未経験者の私が入って足手まといになったと思いますがまた参加させてください。
   子供と練習して、今度はちょっとうまくなって。

CTC優勝の感想
志村 CTCでは準決勝で三井千葉と当たり、後半にコーチが「1点入らなかったらいくぞ!」と言われアップをしていたら1点入ってしまってその時「やった!」と思ったけれど、「俺がでれないじゃん!」と思いました。
けっきょく2−0で勝てたけど出れなくて残念でした。
決勝は後半から出て自分も点をとって優勝できたのでちょううれしかったです。
チャンピオンズカップとマリノスカップも優勝したいです。
それともっと上手になって次の2つの大会をむかえたいと思います。2つの大会が終わっても次は柏トレセンの方の大会をがんばりたいです。
志村母 CTC優勝おめでとう!つらい時期もあったけれど、それを乗り越えての優勝は、とても価値のあるものだと思います。年末のチャンピオンズカップ、マリノスカップもがんばって優勝をめざして下さい。
みんなのサッカーはまだまだ始まったばかりです。
中学、高校、大学、社会人、Jリーガー・・・・。
いつまでも夢を持ち続けて、その夢に向かって努力して欲しいと思っています。
中村 公亮  この大会では僕が出てからはミス以外無失点だし、自分の仕事ができたと思います。
これからも頑張っていきたいと思いました。
決勝ではアシストしたしテレビにも出たし優勝できたし、ちょ〜うれすぃーです。
公亮の母 優勝したことはもちろん感激しましたが、何よりもたくさんの仲間や、コーチ達、
お母さん達が応援に来てくれたことがうれしく感動しました。
選手たちもみんなの応援や、イーグルスの翻る旗に元気100倍で、優勝できたのだと思います。
後で、あの旗がイーグルスの子のお母さんの手作りと聞いてまたまた感動!!
佐藤 崇史 全日本には行けなかったけれど、CTC旗は、優勝できて良かった。
崇史の母 優勝おめでとう!一人一人のプレーが花であるように皆の力が結びつき、
優勝という大きな実になり本当に良かったですね。
でも、ここまでたどり着くには多くの方々のサポートがあったことを忘れずにこれからも頑張ってください。
鹿糠 幸司 優勝できてうれしかったです。ほかの大会も頑張って優勝したいです。
幸司の母 新米キーパーだったため皆が守りを良くやってくれたと思います。
キーパーが一人ではなく、二人三人といるような感じさえした。とても感動しました。
よく皆頑張り優勝でき、良かったと思います。おめでとうございました。
川上 冬馬 小学校最後の県大会で優勝できてよかった。
イーグルス2連覇なのでこれを後輩たちに受け継いでほしいです。
チャンピオンズカップ、マリノスカップに向けて頑張りたいです。
冬馬パパ 本人は当然喜んでいると思いますが、それ以上に大塚コーチから「あの1点で試合の流れが変わった」
と言われたことを得点を入れること以上にうれしく親に話してくれました。
子供達にやる気を起こさせるようなそのような指導を子供たち全員にしていただきたいと思います。
仲本 昂太 僕は野田ライオンズカップから、右サイドになった。
いままでに左サイドはやったことがあったけど 右サイドは初めてで、右サイドバックとのコンビも、うまくいくか心配だったけど 右サイドは、ドリブルして相手をぬいたり、キープしてバックのあがりをまったり、 中へきりこんでシュートしたり、いろんな選択肢があって、自分にあっていた。
FWでは、後ろを向いてプレーすることが多かったけど、 右サイドはゴールや逆サイドがよく見えるので、プレーが、しやすい。
そしてCTCが、始まった。調子は悪くないが僕は1ゴールしかなかった。、
そしててむかえた、決勝。。この決勝戦までの道のりは楽ではなかった。
レイソルや、三井千葉などと戦ってイーグルスは、一段と強くなったと思う。
この決勝戦はイーグルスの成長の証を、千葉県の人達に、みせつける試合だと思う。
全国も清水も、負けているから、絶対優勝するという気持ちがみんなにあった。
ここまでゴールがなかったぼくは「絶対ゴールをする!」という気持ちだった。
その気持ちがよかったのか僕は先制点と3点目をとった。
とくに3点目は自分のとくいなシュートだったので、とてもうれしかった。
そして試合は、7−2で勝った!
そしてみんなで円陣をくみ、『よろこびのうた』をうたった。
よろこびのうたが、懐かしく感じた。
マリノスカップやチャンピオンカップでも『よろこびのうた』を歌いたい!!
仲本保護者 CTC杯準決勝・決勝を観戦して  
あの輝かしい連勝記録から一転、全国大会県予選・清水カップで負けを経験。
初夏から中秋迄の練習試合でも明らかに子供達は精彩を欠いていた。
チームも個人も連戦連勝であった『"強いイーグルス"には戻れないのか?』と 思っていた。しかし、コーチと子供達は奮起し… 今日、晴れてCTC杯の準決勝・決勝が行われる会場に連れてきてくれた。
久しぶりに見る"子供達の活き活きとした笑顔"と"コーチの自信に満ちた表情"。
『今日は勝てる!』と予感した。
準決勝・決勝ともに終始イーグルスが優位に試合内容を支配し優勝。予感的中!
"県内敵なし"の"強いイーグルス"がこの日復活した。
連戦連勝を当たり前のように繰り返していた時期から最大のスランプ時期があり、 この"強いイーグルス"が復活するまでの経緯を知っているだけに、本当に良く 頑張ってきたと改めて感心させられた。
これからも常に向上心を持ち、いつまでも"強いイーグルス"であってほしい。
優勝、本当におめでとう!
平川修大  「6年最後の千葉県の大会で優勝出来て良かった。決勝で点をとれて良かった。」
保護者
「辛かった夏の大会をのりきって、良く復活してくれました。この子達は、優勝が良く似合います。」
NO9 渋沢大介
僕は、CTC旗の準決勝・決勝でシュートが1点入り、うれしかった。でももうちょっと積極的に行けた部分もあったので、そこがこれからの課題だと思います。6年生として最後の県大会を優勝で気持ちよく飾れて本当によかった。レイソル戦の1点は今までで最高のシュート・得点でした。 
NO9の親父 みんな優勝おめでとう。本当にチームの一人一人が自分の持ち味・役割を果たした全員の努力の結果ですね。監督・コーチ陣の子供たちへの細かな配慮と的確な指導、つらかった「夏」の経験があったからこそ、ここまでこれたかと思う。サッカーというすばらしいスポーツに出会え、そして最高の仲間たちとたくさんの想い出をつくったこと、これからもっともっと、様々な経験を積んで大きな目標に向かって成長してもらいたい。 
米田 健太 大会途中に右手を骨折してしまい、皆に迷惑をかけてしまいすみませんでした。
あまり良い結果を出せなかったけど 準決勝、決勝に出れて良かったです。
米田 父 16人のすばらしい子供達 CTC杯優勝おめでとう!
そして イーグルススタッフの皆様 お疲れ様でした。
6月の少年サッカー大会予選の悲劇から数ヶ月 子供達の目は無敵艦隊といわれていた時とは違い精彩を欠いて清水カップやその他の大会でまったく違うチームではないかと思うほど一時落ち込んでいましたね。
しかし神様は16人の子供たちを見捨てはしなかった清水よりチャンピオンズカップの出場権を与えてくれました。
この朗報以来あの無敵艦隊の時の目が再び16人の子供達に戻ってきたように思います。
またスペクタクルなサッカーを清水でできるよう、父・母達は期待してます。 いくぞ〜押忍
大貫 洸 僕はこのCTCで優勝できて本当に良かったと思います。全日本少年サッカー大会で負けて清水カップも負けて、やっと優勝できたから年末のチャンピオンシップもマリノスカップも気持ちよく優勝したいと思います。
大貫 母 春の全国少年サッカー大会県予選で負けて以来、子供たちのプレーを見て、親はモヤモヤした気持ちが続いていました。
CTCという久しぶりの県大会で優勝し、何かしらホツとし、子供たちのたくましさに感心しました。
この喜びを糧とし、より力強くプレーしていくことを期待します。
村瀬 勇太 CTCは皆の力でゆうしょうできてよかったです。
でもひとつだけくやしいことがある。それはキーパーと1対1をはずしたゴールを決められなかったことだ。
これからも、もっと練習したがんばりたいと思います。
村瀬 母 優勝おめでとう! 仲間を大切にしてこれからも頑張ってください。
堀田 秀平 6年生最後の県大会を優勝できてとてもうれしいです。この大会で学んだことをこれからのプレーに活かしていきたいです。
堀田 母 小学校生活最後の県大会をチームみんなの力で優勝できた事を大変うれしく思いました。
2年連続優勝おめでとうございます。
志田 達郎 CTCで僕たちは優勝できました。
全国大会や、清水カップで負けた悔しさを、このCTCでは晴らしたいと思っていました。
イーグルスグランドで戦えたのはラッキーでした。
対戦相手のチームの人が言っていましたが、「このグランドは重くてボールが弾まないよ!」でも、僕たちはいつものグランドなので、いつもの戦いができたと思います。
準決勝と決勝は青葉の森グランドでやりました。準決勝が三井千葉だったので、これで勝てたら優勝もできるかな?と思っていましたが、2対0で勝てたので、絶対優勝したいと思いました。
決勝では白幡FCとだったけど、1点目が入ったときにこれで勝てるかなと思っていたら、すぐ1点入れられて「やベー」と思いました。でもすぐ2点目を取ったので、相手に点を入れさせないぞと思っていました。
結果は7対2で勝つことができとてもうれしかったです。千葉テレビで放送されるということだったので、お母さんにビデオを撮ってもらいました。
三井千葉との時に初めてのイエローカードをもらいました。あの時はここで小井土君に抜かれたら点を取られると思ったので思わずスライディングをしてとめようと思いました。
そのときのことが放送されるかなと思って見ていましたが放送されませんでした。ちょっと残念でした。やっぱりゴールすると写るんだなと思いました。テレビに出ることはあまりできなかったが、狙っていた優勝ができてうれしかったです。
これからも、いろいろな大会で優勝できるように頑張ろうと思います。
神  世哉 僕達は準決勝まで勝ち進み、11月3日、青葉の森陸上競技場で、準決勝と決勝戦の2試合をしました。
初めの相手(準決勝)は、三井千葉でした。県選抜などで知っている人が多数いたので、相手が考えていることは少しわかっていました。
10時にキックオフしました。僕はその試合はいつもと同じでベンチスタートです。ともかく試合に出れたらいいと思いました。
後半になって、僕がコーチから呼び出しを受けてレフリーに伝えて、素早くピッチに立ちました。あまり緊張感はなかったです。僕の良いプレーはそんなにないまま、試合は2-0で勝ちました。
強いチームにゼロで抑えて少し自信がつきました。
昼を少し食べて、とうとう決勝。相手は白幡FCというわからないチームでした。相手も成田を準決勝でたたいているので、そう簡単ではないチームだと思っていました。CTC決勝がキックオフしました。
僕たちイーグルスは、アウェイのユニホームで決勝でした。僕もベンチスタートです。この試合は僕たちが優位に進み大量に点を重ねました。
終わってみれば前半4-1の結果で終了しました。後半になって、全試合と同じように出場しました。僕は守りとして入れられました。後半立て続けに点を決めて、見事に7-2でCTC優勝は僕たちでした。
この優勝を元に、今後の大会も、メダルを勝ち取ればいいなと思いました。


JAバンクCTC旗争奪千葉県少年サッカー選手権大会優勝オメデトウ!
歓喜の歌声が青葉の森グランドに響いてとっても良かったよ。
千葉テレビでの放送もビデオに撮り、何度も繰り返し子供たちのナイス プレイを安心して見ています。(永久保存版)
今回の大会ではいろいろなグランドでの対戦が続く中で、我がイーグルス グランド(ホーム)での対戦もあり、その際にはお母さんたちの事務局対応や、お父さんたちのとんぼ隊(グランド整備)など本当にお疲れ様でした。
これから寒さが厳しくなりますが、子供たちもけがをせず元気にグランドを走り回ってください。
今後の成長を願ってお祝いのメールを送ります。
 6年生父兄:たっちゃんぱぱより

「一番大切なこと」

八木幼稚園と松ヶ崎幼稚園でお世話になっている小山亮樹の母です。
昨日の八木幼稚園での練習のときのこと。とても上手な子が体験で来ていて、試合でも次々シュートを決めて大活躍でした。コーチが「亮樹も負けないようにがんばれ!!」と声を掛けてくれると「どうせ俺達の負けだよ」・・・。我が子の投げやりな態度にカチンときました。「あとでよく言わなくちゃ。まだ4歳なのに「どうせ・・・」なんて、腹が立つやら、情けないやら・・・。
休憩になると樋口コーチがすぐに「亮樹、ちょっと来い」そして、「まだ試合が終わっていないのに、負けたなんて言っちゃだめだ。本気を出してやれば、勝てるだろ。がんばれ」と話してくれました。
離れたところで聞いていて、「そうなの、そうなの、それが一番大切なのよ。亮樹に足らないのは、それよ」と心のなかで叫んでしまいました。
もちろんサッカーも上手になって欲しいのですが、それ以上に、そういうことを分かって、強い心を持った子になって欲しいと思います。
樋口コーチに言われたことで何か感じてくれたらいいのですが・・・、年中さんの頭では、まだ無理でしょうか。
とても嬉しくて、メールを書いてしまいました。
樋口コーチはもちろん、星野コーチ、大塚コーチにも、よくしていただいて、サッカーは絶対に辞めないと言っています。これからも、よろしくお願い致します。
                 小山 有紀

父親サッカー教室に参加して

 最近、「息子のサッカー練習の相手としては、役不足になってきたなー。」と感じていたところに、家内から「イーグルスで父親サッカー教室があるみたいだから、行つてみたら。」と勧められ、パスの蹴りかたひとつでも覚えようかと出かけることにした。なにしろ高校時代野球部員だった私は、サッカーは全くの素人で体育の授業でボールを蹴ったことぐらいしか経験がない。それどころか野球部とサッカー部はグランド確保めため大猿め仲で、自らすすんでボールを蹴った試しがなかったから、息子がサッカーを始めることになり、コーチの熱心な指導のおかげで、少しずつ上手になってきた息子を目のあたりにして「俺も少し何か教わってくるか。」と腰を上げたのであった。それにしても、子供達にあんなに熱血指導してくれているのに、父親教室まで開くなんて、「面倒見のいいクラブだなー。」と改めて感じ入ったりした。
 父親サッカー教室当日は、10月に入つたというのに蝉の鳴き声がする暑い一日でした。
開始時間にいつも息子たちが駆け回つているグランドに降りて行くと、そこには、昔サッカー部で慣らしたといった感じのユニホームを身にまとった人を含めて、10数入集まっていて、既に体操をしたり、軽くボールを蹴ったりしていた。「結構、みんな本格的だな―。」と感じつつ、出掛けに家内と、私:「おい、どんな格好でいけばいいんだ。」家内:「ジャージでいいんじゃないの。」私:「何かもっていくものあるかな?」家内:「翔太郎(息子の名前)のボールを持っていったら。」という会話が頭をかすめた。ジャージ姿の自分の身なりはともかくとして、手に持つていた小学生用の4号ボールを人に気づかれぬよう、そっと近くの草むらに隠すはめになった。「ひょっとして練習前に実カテストとかあつて、リフティング10回以下の人っていう組分けがあつて、その組が俺一人かもしれないな。」とますます不安がこみあがってくるのであった。
 しばらくすると、コーチ達がやって来て、これから練習が開始するという。そのコーチ達の人数が多く、ほぼコーチフル参加かと思えるほどの人数で、参加した父親とほぼ同人数。何と野寄コーチまで一緒にでて来てやっている。クラブの何事にも手を抜かない姿勢を改めて感じるとともに、思わず「コーチと一対一の練習なんて、子供達が見たらうらやましがるだろうな―。」と思つてしまう。練習は、恐れていたリフティングテストはなく、最初に準備体操とウオームアップとしてサッカーボールを使った鬼ごっこをして、(暑さもあつたが、これで結構汗だくになった。)それからシュート練習が始った。コーチの出すボールをゴールめがけて蹴るのだが、なかなかうまくいかない。
「息子相手にやるときは、もうちょっとうまくいくのにな。」と思いつつも、自分の順番になるとつい力が入つて、ボールが思うように飛んでいかない。ほかのお父さんの中には、やはり上手な人がいて、「ばしっ―。」とゴールすみにシュートがきまったりして、思わずコーチ達から「オー」と言う歓声がわいたりする。10分ほどシュート練習をすると、次に試合をやるという。「エー。サッカー教室って、パスとかの練習をするんじゃないの。試合なんてやったことないぞ。」と思いつつも、ここまで来たら何とかなるさと覚悟をきめる。試合は、コーチとお父さん達の混合チーム同士の対戦で、コーチが得点したら1点、お父さんが得点したら2点、さらにお父さんがヘディングで得点したら4点という特別ルールで、おおいにお父さん達をその気にさせるルールで行われた。私はというと、実力がない分走りまくって少しでも貢献しようと頑張つてはみたものの、前半開始5分もたたないうちに足と心臓が私の意志とは反対側に走りはじめ、すってんころりん、足はへろへろで、「サッカーつて、こんなに激しいスポーツなんだ。」なんて改めて実感させられたりした卜5分でヘロヘロになる参加者がいることを見込んでか、試合は10分ハーフで行われていた。後半は、鉛のように重たい足を引きずって、気持ちだけは頑張ってみたところ、絡みついた足にたまたまボールが当たって、味方の方にはねっかえって、シュートにつながったなんていうのがあったりしてそれなりに楽しむことができた。また、最後には、コートの隅でうろうろしていたら、相手ボールがコートを割って、「それじゃ」とばかりにコーナーキックを蹴ってみたら、みごと野寄コーチが後ろから飛び込んできて、ヘディングで「ばしっ―。」とシュートを決めたりして、―「やった―。」とコーチとハイタッチして大感激という場面もあつた。
 サッカー素人が一人はいつたおかげで周りのお父さん達にはずいぶん迷惑だつたかもしれないが、本人にとっては「サッカーって、結構楽しいじゃん。」といたって満足するサッカー教室となった。それだけでなく、高校時代、グランド争いであれだけ口喧嘩をしたサッカー部の連中の顔が懐かしく思い出してくる一日となり、大満足となった。「コーナーキックでアシストしたことは、息子に自慢できるな。また機会があったら参加させてもらおう。」と思いつつ家路についた。

岩並 仁